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苗字のような店名の銭湯(4)。

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日暮里駅北口の下御隠殿橋。左手から順に、山手線、京浜東北線、新幹線、東北・高崎線、常磐線、京成線の線路が並ぶ。鉄道好きの甥が上京してきたら連れてきてやりたいものだ。

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日暮里駅前は舎人ライナーの開通と再開発で街並みの変貌著しいが、都内では珍しくなった不二家の店舗がいまだにある。

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日暮里駅前から尾久橋通りに出ると、煙突のあるマンションがみえる。このマンションの1階に目当ての「斉藤湯」があるかと思いきや・・・

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煙突は隣の低い建物から、マンションの壁をつたって上方に伸びているのであった。

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はたして「斉藤湯」(荒川区東日暮里6-59-2)は伝統的なつくりの銭湯であった。店主の話によると、マンション建築の際に従前の煙突では高さが足りなかったため、上記のようなことになったそうだ。ちなみに銭湯の煙突の高さは75尺(約23m)に決められていた。

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この斉藤湯は東京で最後の「三助」がいることで斯界では有名である。「三助」とは、浴客の背中を洗ったり、肩をもむなどの「流し」と呼ばれるサービスを提供する従業員のことである。この言葉の語源には諸説あるが、宮武外骨によると、番台から待機している三助に客が来たことを知らせるにあたり、男性客のときは拍子木を1回、女性客のときは2回、合わせると3回打ったからだという。昭和30年代頃まで多くの銭湯に三助さんがいたが、いまでは斉藤湯に1人を残すのみとなった。

番台で入浴料とは別に流しの料金として400円を支払い、木札を受け取る。浴室で自分の前に木札を置いておくと、それを目印として三助さんがやってくるという寸法。自分の親くらいの年齢の三助さんに背中を流してもらうのはちょっと恐縮であった。

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三助さんの仕事風景を描いた絵が脱衣所に掲げられていた。

先日、大学生らしい女の子が、他人と一緒にお風呂に入るのが嫌なのでゼミ合宿に行きたくないと言うのを耳にした。彼女にとっては、他人に体を洗ってもらうなど論の外であろう。
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