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東京銭湯三国志。

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第88+51番 上越泉(中野区6) 中野区野方1-51-10
第88+52番 新越泉(中野区13) 中野区新井5-17-2
第88+53番 富山湯(江東区11) 江東区亀戸6-49-14

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玄関の両脇でお迎えする「ゆ」の文字が印象的な富山湯。
東京の銭湯の経営者には新潟県・富山県・石川県の北陸3県の出身者が多く、銭湯の店名にも出身地に由来するものがみられる。北陸出身者が多い理由としては、(1)貧しい土地ゆえ都会への出稼ぎを余儀なくされたこと、(2)雪国が培った忍耐強い県民性が銭湯稼業に適していたこと、(3)現金を扱う商売だけに信用できる使用人を同郷人に求めたこと、(4)逆に上京するに際して同郷の伝手を頼ったこと、(5)業界の徒弟制的な性格が外部からの新規参入を困難にしていたこと、が挙げられる。同郷の銭湯経営者で親睦団体(たとえば「新潟浴友会」)が結成されているらしい。

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富山湯のほか何軒かの銭湯で「富山市PR事業」を展開している。浴室のペンキ絵を立山連峰にしたり、富山産の飲み物(「トンボサイダー」など)を販売したりしている。事業の効果がどれほどかは分からないが。
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