FC2ブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

スポンサーサイト

結願。

20130322_01.jpg

20130322_02.jpg

北千住の「ニコニコ湯」(足立区千住柳町2-10)にて結願。

江戸東京博物館。

085_01.jpg

総武線の車窓などから目にはしていたが、そのうち行こうと思いつつ20年も経ってしまった。しかし、いつ見ても感じの悪い建物である。バブル時代の臭いがぷんぷんする。

085_02.jpg

展示物の「江戸名所図屏風」。中央に当時の湯屋が描かれている。

085_03.jpg

帰りに「御谷湯」(墨田区石原3-30-8)に寄る。大田区以外では珍しく、黒湯の浴槽がある。

起伏。

20130305_01.jpg

東武練馬駅の北東、徳丸1丁目一帯は非常に起伏のある地形となっている。線路沿いの「徳丸タウンブリッジ」(1997年開通)なる陸橋から北を眺めると、銭湯の煙突が見えた。この下は深い谷になっており、この陸橋ができるまでは東西の交通が分断されてさぞ不便だったことだろう。

20130305_02.jpg

「徳丸タウンブリッジ」の東詰から階段を下りる。途中、「雀豪フランス」という意味不明の店名をもつ雀荘がある。

20130305_03.jpg

谷底の道(不動通り)から西側を見上げる。

20130305_04.jpg

さきほど見えた煙突は「北野湯」(板橋区徳丸1-32-8)のものであった。北野湯の脇の急な傾斜の階段を上ると「ニコニコ湯」のある高台に出る。

20130305_05.jpg

徳丸1-9から向かい側の高台にあるイオン板橋店を望む。

20130305_06.jpg

「ニコニコ湯」(徳丸1-25-2)の周辺は駐車場になっているため宮造りの建物全体をぐるりと観察することができた。店名に反して番台のおばさんはあまりニコニコしていなかった…
20130305_07.jpg
このところ言及していなかったが、お遍路も着実に進めていたのである。

ムサコ論争。

20130228_01.jpg

「武蔵小山温泉 清水湯」 品川区小山3-9-1
 
「釧路食堂」 品川区小山4-8-20
「サッポロラガービール」580円、「釧路の夜サワー」480円、「ザンギ」720円、「骨なしザンギ」720円、「鮭ルイベ」740円、「生キャベツ」380円、「筋子おろし」580円、「釧路コンブチップ」380円、「キタキツネ焼き」380円、「ジャガバター(北あかり)」480円。

20130228_02.jpg

スーパー銭湯並みの施設を誇るが入浴料は通常の450円。

20130228_03.jpg

名にし負う「武蔵小山商店街パルム」。同商店街は、武蔵小山駅前から東南・中原街道方向と、線路沿いに西小山駅方向の二方向に伸びており、栄えているのは前者であるが、気になる店が多いのは後者である。

20130228_04.jpg

純喫茶「団」。品川区小山3-26-3。

20130228_05.jpg

荒物屋「山本商店」。品川区小山4-8-21。

20130228_06.jpg

文房具「三富屋」。品川区小山4-3-5。

20130228_07.jpg

知的所有権的にアレなパン。

20130229_08.jpg

「ムサコ」といった場合、それは武蔵小山なのか、武蔵小金井なのか、あるいは武蔵小杉なのか。いわゆるムサコ論争である。

20130229_09.jpg
湯あがりに諸国漫遊 〔了〕。

ずぼがに。

20130222_01.jpg

「宝泉湯」 台東区根岸3-14-14
 
「いっちょらい」 台東区根岸1-8-3
「ずぼがに」1,500円、「ガサエビの塩焼」680円、「竹田の油揚げ」680円、「山菜の天ぷら」780円、「大野の里芋ころ煮」680円、「福井の花らっきょう」580円、「くちこ」1,280円、「小鯛の笹漬け」680円、「越前おろしそば」680円

20130222_02.jpg

20130222_03.jpg

20130222_04.jpg

地下鉄・銀座線の踏切。電車が通過するときのみ開閉する遮断柵が線路側も設けられている(銀座線は走行用のレールに並行して給電用レールがあり危険だから。)。昔、春日三球の漫才のネタに「地下鉄の電車をどっから入れたんでしょうねぇ。それ考えると一晩中眠られなくなるの」というのがあったが、実際は都内の各所で地下鉄の車庫を見ることができる(方南町で丸ノ内線、北綾瀬で千代田線、西馬込で都営浅草線など)。

20130222_05.jpg

20130222_06.jpg

当初、築80年を超えるという「快哉湯」(台東区下谷2-17-11)に入る予定であったが、臨時休業であった。

20130222_07bis.jpg

宝来湯は金杉通りの交差点に面している。銭湯は横丁や裏道にあることが多いから、交差点の角を堂々と占めているのは珍しい。

20130222_07.jpg

福井料理の店が鶯谷駅前にあるのも妙ではある。
20130222_09.jpg

明神礁。

20130214.jpg

明神湯(大田区50) 大田区南雪谷5-14-7
「北の大黒湯(北千住)、南の明神湯」とも称される、威風堂々たる宮造りの銭湯。店名は、「明神礁」が現れた年、1952年に創業したことに因む。

15.8%。

20130202_01.jpg

千代田湯(豊島区29) 豊島区北大塚3-7-7
店名は経営破綻した「千代田生命」に由来するとのことだが、子細は聞きそびれた。

20130202_02.jpg

店の前で燃料の廃材が山積みになっている。組合の調べによると、2008年の時点で燃料に薪(廃材)のみを使用している銭湯は15.8%、薪と液体燃料(重油等)の併用が26.6%、液体燃料のみが29.5%、都市ガスが27.1%となっており、薪で沸かしている銭湯はいまや少数派だ。重油の高騰が銭湯の廃業に拍車をかけるわけである。

20130202_03.jpg

山手線、池袋-大塚間の線路際から千代田湯の煙突をみる。春先のように暖かい宵であった。

土佐イタリアン。

20130124_01.jpg

「第三玉の湯」(新宿区32) 新宿区白銀町1-4
 
「HAP Piatti Italiani(ハプ ピアッティ イタリアーニ)」 新宿区神楽坂6-24
「高知県産トマトのテリーヌ」800円、「土佐ウツボと四万十川エビのフリットミスト」900円、「鮮魚とムカゴ、ホーレン草のリゾット土佐柚子風味」1,600円、「土佐あかうしサーロインのタリアータ仕立て」2,800円。

20130124_02.jpg

「第三玉の湯」の正面入口は大久保通りに面しているが、裏手から入ることもできる。

20130124_03.jpg

浴室に沿って路地を回りこむと…

20130124_04.jpg

…入口に出る。

20130124_05.jpg

「土佐イタリアン」という言葉の面白さだけで入ってみたが、なかなかに良い店であった。
20130124_06.jpg

重義。

20130113.jpg

重の湯(しげのゆ)。大田区羽田3-16-10。店名は創業者の名「重義(しげよし)」に由来。

上州名物。

20130111_01.jpg

「広尾湯」(渋谷区15) 渋谷区広尾5-4-16
 
「好(このむ)」 港区白金2-1-5
「上州風まかせ(日本酒)」840円、「沼田りんご割」580円、「下仁田刺身コンニャク」680円、「群馬野菜の温サラダ」880円、「上州牛のカルパッチョ仕立て」1,280円、「下仁田ネギステーキ」680円、「茹で豚」600円、「『上州名物』おっ切り込み」1,260円。

20130111_02.jpg

外苑西通りの日比谷線・広尾駅前から西に「広尾散歩通り」という商店街が伸びており、突き当りで直角に曲がって明治通りに通じている。

20130111_03.jpg

この商店街は生活感のある昔からの店といかにも広尾的な新しい店が混在している。

20130111_04.jpg

広尾駅前から「広尾湯」の煙突が見える。

20130111_05.jpg

14年ぶりの再訪だが、広尾にまだ銭湯が健在だったとは驚きだ。

20130111_06bis.jpg

銭湯の前にベンツが停まっているのは他の街ではあまり見ない光景だ。土地柄か、珍しいことに欧米系白人の客が湯に浸かっていた。
20130111_07.jpg

20年来のなじみの銭湯で初湯。

028.jpg

新宿区西早稲田1-4-12。

世の趨勢

021_01.jpg

毎日朝6時から営業している「燕湯」(台東区上野3-14-5)で朝湯。初めて訪れたのは1994年10月22日、その頃はたいへんな熱湯で客の体は喫水線から下が真っ赤になっていた。さながら我慢大会のようであったが、世の趨勢か、いくらか湯温を下げたようである。

021_02.jpg

すぐ近くの喫茶店「ラパン」(台東区上野3-15-7)で「モーニングセット(バタートースト)」550円。ジャムつけ放題。

甲府「喜久乃湯」。

20121218_01.jpg

甲府在住の知人に教えられて「喜久乃湯」(山梨県甲府市朝日5-14-6)を訪ねる。

20121218_02.jpg

ここは、太宰治が妻・美知子の実家のある甲府に滞在していた時に通った銭湯として有名らしい。1938年(昭和13年)から1939年(昭和14年)にかけての10か月間である。美知子の回想によると、太宰は「毎日午後三時頃まで机に向かい、それから近くの喜久之湯に行く。その間に支度しておいて、夕方から飲み始め、夜九時頃までに、六、七合飲んで、…ご当人は飲みたいだけ飲んで、ぶっ倒れて寝てしまうのである」。

20121218_03bis.jpg

脱衣所の壁には近所の商店の広告看板が掲げられている。

20121218_04.jpg

広告看板の中にはこんなものも。

20121218_05.jpg

これまで甲府市内のいくつかの銭湯に入ったが、ここは真打というべき好い銭湯であった。ところで、下駄箱の番号をよく見ると、39番のあたりだけ不規則な配置になっている。なぜ?

20121218_06.jpg

朝日通り商店街にて。餃子店とキリスト教会が隣り合っているのがなんとなく可笑しい。

朝湯とモーニング。

20121216_01.jpg

王子駅から線路の東側を東十条方向にゆくと、跨線橋のあたりで引き込み線が分岐しており、東京では少なくなった踏切をみることができる。日本製紙の倉庫に通じる専用貨物線で、「北王子線」という。

20121216_02.jpg

正面、芝居の書割のような木が描かれた建物が日本製紙の倉庫。

20121216_03b.jpg

第一北王子踏切の道路標識。

20121216_04.jpg

「金星湯」は第二宮江町踏切のそばにある。実は金星湯の前の道路もかつては貨物線で、同踏切のあたりで分岐し、弧を描きながら東進、北本通りを横断して豊島5丁目団地となった日産化学工業王子工場に向かっていた。現在の地図でも廃線跡をはっきりと確認することができる。

20121216_05.jpg

この銭湯は日曜に朝湯を営業しているだけでなく、軽食付きのコーヒー(モーニング)を提供している。400円にしてはなかなか本格的である。

20121216_06.jpg

ロビーを設けて飲食物を提供する銭湯はときおり見かけるが、銭湯のフロントと喫茶のカウンターが一体化しているのは珍しい。店主は客から入浴料を受け取りながらトーストを焼いていた。

20121216_07.jpg

奥の喫茶カウンターから入口を見る。

20121216_08.jpg
金色のインクで押印されている。店主曰く、店名に合わせるためにわざわざ探したとのこと。

インディーズ。

20121213_01.jpg

「シビックランド日成」(無番) 文京区本郷4-17-9
 
「新潟カツ丼 タレカツ」 千代田区西神田2-8-9
「二段もりカツ丼」1,000円

20121213_02.jpg

文京シビックセンター25階の展望ラウンジより富士見。後楽二丁目西地区の再開発で高層ビル(34階建、149.60メートルの「ラ・トゥール飯田橋」)が建ち、富士山方向の眺めが悪くなってしまった。地震で倒壊しないまでもエレベーターが止まって住人の生活がしばらく不便になればいいのになどと邪悪なことを考える。

20121213_03.jpg

平日だがけっこう同業者がいた。私も含めて高層マンションには一生縁がなさそうな人たちである。

20121213_04.jpg

直下の「日成シビックランド」を見下ろす。

20121213_05.jpg

20121213_06.jpg

スーパー銭湯並みの設備を誇るが入浴料は通常の銭湯よりも20円安い430円。ここは数年前に浴場組合を脱退したため、組合発行の『東京銭湯ぶらり湯めぐりマップ』に掲載されていないし、お遍路のスタンプも置いていない。このようなインディーズの銭湯は都内にいくつか存在する(した)。

地下化。

20121209_01.jpg

目黒・行人坂上から富士見。今朝はやや空気の透明度が低いうえに雲がかかっていて、いまひとつである。

20121209_02.jpg

東急目黒線で武蔵小山へ。2006年に地下化されたことで駅前は大きく変わった。街を分断する線路がなくなって行き来が容易になったのは良いことだが、かつての風景を知っている者にとっては少し寂しい感じもする。

20121209_03.jpg

月光泉(目黒区目黒本町4-2-10)で朝湯。

20121209_04.jpg

月光泉の壁に掲示された都知事選のポスター。

国分寺「孫の湯」。

20121202_01.jpg

珍しい店名は創業者の名前(孫八)に由来するとのこと。浴室の壁にはかなり大がかりに岩(おそらく富士山の溶岩)が積み上げられていて銭湯の岩風呂としては都内最大級である。

20121202_02.jpg

「孫の湯」の前にはまるで門前町のように食堂や商店が集まっている。周囲が畑や雑木林ばかりだった頃にまず銭湯が建ち、これを中心として次第に町ができていったのであろう。

20121202_03.jpg

連雀街道の小首をかしげたバス停。

隠れ里。

池袋本町4丁目の「新月湯」に行く。

20121130_01.jpg

20121130_02.jpg

伝統的な作りで脱衣場は立派な折上格天井(おりあげごうてんじょう)であるが、浴室正面の背景画は廃されて水色のペンキで塗りつぶされているのが印象的であった。

20121130_03.jpg

池袋本町というのは不思議な街で、池袋という大ターミナルにほど近い割には時代から取り残されたような、都会の「隠れ里」(川本三郎)といった雰囲気が漂う。北池袋という駅の存在自体を知らない人も少なくないであろう。

20121130_04bis.jpg

そんな街角には「ビーボより美味いのはビーボだけ!」でおなじみのビーボの自動販売機が動態保存されていたりする(「ビーボ」についてはこちらが詳しい。)。

20121130_05.jpg

池袋駅西口の「中国家庭料理 楊 2号店」で「汁なし担々麺」780円。

世の中よ。

20121116_01.jpg

ふらり、京都に出かけた。
嵯峨野線(山陰本線)の丹波口駅で降り、京都市中央卸売市場内の「石田食堂」で昼食。

20121116_02.jpg

「ラーメン」600円。九条ネギがのっているのがいかにも京都らしく、こってりとしたスープによく合う。

20121116_03.jpg

思いつきで保津峡のトロッコ列車(嵯峨野観光鉄道)に乗ってみたら大混雑。紅葉の季節の京都を甘くみていたようだ。

20121116_04.jpg

京福電鉄・鹿王院駅から南へ少し歩いたところにある「鹿王湯」(京都市右京区嵯峨北堀町13)。京都の中心部の町屋銭湯とはまた雰囲気がちょっと違う、郊外の趣を感じる建物だ。

20121116_05.jpg

横の路地を見ると壁に沿ってきれいに薪が積まれている。風呂あがり、おかみさんに「薪で沸かしているんですね」と声をかけたところ、「お湯でわかりますか」と聞かれたので、「ええ、まあ…」といい加減に答えておいた。たしかに、お湯の肌触りが柔らかいとは思う。

嵯峨は小倉百人一首ゆかりの地である。

83番 世の中よ 道こそなけれ 思ひ入る 山の奥にも 鹿ぞ鳴くなる




…などと衒学してみたが、長いあいだ「小倉百人一首」は北九州の小倉(こくら)に由来すると誤解していたことは秘密である。

ランドマーク。

20121104_01.jpg

「梅の湯」(調布市2) 東京都調布市深大寺東町6-9-5
 
「出雲そば やくも」 調布市布田1-26-12
「王禄・超辛純米(冷1合)」700円、「野焼き」550円、「割子そば(3枚)」900円


20121104_02.jpg

20121104_03.jpg

高円寺駅のホームより今季初の「路上富士」を見る。朝の空気の透明度は高かった。

20121104_04.jpg

日曜の午前9時半から11時まで朝湯を営業している。

20121104_05.jpg

「梅の湯」の前の通りは「梅の湯商店街」と称している。都市化が始まった頃、この銭湯の建物はランドマークとなっていたことであろう。


20121104_06.jpg

調布市ミニバス(コミュニティバス)北路線に乗り、調布駅北口に出る。調布駅付近の京王線は地下線化工事が終わったばかりで、まだ地上に線路や踏切などが残っている。

20121104_07.jpg

調布駅西側の踏切跡。道路の遮断機は撤去され、代わりに線路側に柵が設けられている。

20121104_08.jpg

踏切そばの中華料理店「萬来軒」。調布の私的ランドマークであったが、京王線の地下化に伴う区画整理により10月末日をもって閉店となった。車窓を過ぎる黄色い店舗を目印にしていた乗客も少なくなかったのではないか。

20121104_09.jpg

街の食べ物屋が59年続くというのはたいへんなことだ。
20121104_10.jpg
☆最新島根情報…2013年3月、スターバックスが松江市に出店予定。これでスタバ空白県は鳥取県を残すのみ。善男善女や八百万の神々で長蛇の列になること必至!

待つ必要なし。

20121031_01.jpg

増穂湯(世田谷区27) 世田谷区南烏山5-21-15

2階が昭和風のアパートになっている。「神田川」の二人もここに住めば寒空の下で相手を待つ必要はない。

20121031_02.jpg

言いだしっぺが去ってどうなることやら。

マスオの辛抱。

20121026_01.jpg

桜新町駅前のサザエさん一家の銅像。しばしば磯野家の一員に数えられるこの3人だが、姓は「磯野」ではなく「フグ田」であって、マスオはいわゆる婿ではない。

予定調和の物語世界で見過ごされがちであるが、あらためて、サザエさん一家におけるマスオの立場に思いを致すべきであろう。一家全員が居間でくつろぐ場面がよく出てくるけれども、そのなかで血のつながりがないのはマスオとタマ(猫)だけなのである。想像してほしい、仕事から疲れて帰宅するとそこには義父母どころか配偶者の弟妹までいるという毎日を。マスオよ、マンションの頭金が貯まるまでの辛抱だ!

20121026_02.jpg

甲州街道と首都高4号線の間に「栗の湯」(世田谷区新町1-36-6)をみる。

20121026_03.jpg

入口は甲州街道に向いた正面ではなく、呑川親水公園側にある。

20121026_04.jpg

栗の湯前の呑川親水公園にわりと大きい犬の銅像がある。由来などを記すものがないので栗の湯の主人に尋ねると、世田谷区が寄贈を受けたから置いただけでとくに意味はないとの由。

浦和「稲荷湯」。

20121024_001.jpg

所用で浦和を訪れた。高架化工事中の浦和駅には駅舎がなく、空が広い。ひらがなを冠する唯一の県庁所在地であり、県庁所在地の名を称する地方裁判所(家庭裁判所)も「さいたま地方裁判所(家庭裁判所)」とやや間抜けな感じになっている。ひらがなにした理由は市の説明をみても判然としない。

20121024_002.jpg

浦和駅西口から駅前通りを行き、右折して旧中山道を200メートルほど進むと、左手にいかにも銭湯がありそうな商店街が伸びている。後で調べてみると、「裏門通り」というらしい。「ぎんねこ」という名のそば店など、気になる物件がちらほらある。

20121024_003.jpg

20121024_004.jpg

都内の銭湯にも引けをとらないつくりの稲荷湯(埼玉県さいたま市浦和区仲町2-18-2)。17時頃に入店したところ、老人客でけっこう混んでいた。

ふたたび裏門通りを歩くと、浦和駅に向かって家路を急ぐサラリーマンの流れができている。県庁舎の裏門に通じているから裏門通りというわけで、県職員の通勤路となっているのである。

20121024_005.jpg

浦和駅西口駅前の飲み屋。海なし県の真ん中で「地魚屋台」とは。あと、この店名で少しエロ懐かしい気持ちになった人は30代後半以降。

萩の湯。

20121019_01.jpg

平日も午前11時から営業している「萩の湯」(台東区根岸2-13-13)で昼湯を使う。まだ日の高いうちに風呂屋にいるのはあまりカタギの方々ではない。

20121019_01bis.jpg

郵便受けのところの掲示によると、2階には「ニューヨーク」という喫茶店があったらしい(現存せず)。店名の由来は言わずもがな。

20121019_02.jpg

脱衣所と浴室の境に東郷青児風の裸婦のガラス絵。昭和中期に建てられた銭湯でときおり見かける製品だ。

20121019_03.jpg

台東区立一葉記念館(竜泉3-18-4)へ行く。一葉が通った私塾の名は「萩の舎」であった。

20121019_04.jpg

下谷龍泉寺町で一葉が営んだ荒物店の復元模型。今年は一葉生誕140年ということで特別展「樋口一葉 輝きの瞬間~奇蹟の十四ヶ月~」を開催している。「奇蹟の十四ヶ月」とは一葉の代表作が次々と生まれた短い時期をいうが、それは龍泉寺町から丸山福山町(現文京区西片1丁目)に転居した後のことである。

東京銭湯ナイト vol.8

20121007_01.jpg

いまや毎秋恒例の行事となっているロフトプラスワンでの「東京銭湯ナイト」に行く。昨年は「銭湯の日」である10月10日の開催だったが、今年は少しずれた10月7日となった。

20121007_02.jpg

内容は、「関東の渋銭湯」「韓国の銭湯」「アナログ体重計研究」など。途中、高橋さんによる「湯屋番」の口演。物販コーナーにて韓国で出版された東京の銭湯案内本を買ってみたが、当然、まったく読めない。


20121007_03.jpg

内部の間取りが気になるアパート。相当に狭い部屋であろうが、それぞれに浴室がついているのだろうか?

再チャレンジ。

再チャレンジの人をテレビで見ていたら山口料理が食べたくなった。

20120927_00.jpg

「歌舞伎湯」(文京区7) 文京区小石川3-12-1
 
「湯島山口」 文京区湯島3-37-11 TSツインビル2F
「貴・特別純米(冷1合)」700円、「五橋(冷1合)」600円、「金冠黒松(燗1合)」600円、「長州揚げ」700円、「ハスのてんぷら」700円、「らっきょう」500円、「お新香盛り合わせ」700円、「瓦そば」1,200円など。


20120927_01.jpg

歌舞伎湯は伝通院の裏手にある。番台の爺さん曰く店名の由来は分からんとのことだったが、ネット上の情報によると、昔の建物が歌舞伎座のようだったことによるという。現在はマンションを併設したふつうのビル銭湯であり、本家の歌舞伎座も高層ビルへ建替え工事中である。

20120927_02.jpg

歌舞伎湯の向かいに「加越能育英社・明倫学館」という学生寮がある。「加越能」とは聞きなれない言葉だが、加賀・越中・能登の三国、現在の石川・富山の両県の総称である。先日、富山を訪れた時にも街中で「加越能バス」を見かけた。HPによると、「石川県、富山県出身の志操堅実で向学心に燃える優秀な男子学生」を受け入れているそうだ。

20120927_03.jpg

呼び込みが辻々に立っている上野広小路西側の歓楽街をゆくと、スナックやバーが蝟集するビルの2階に「湯島山口」はある。一見さんはまず入らない(入れない)立地である。

20120927_04.jpg

入口も敷居が高い感じだが、店内は和やかな雰囲気で、供されるものもひとつひとつが美味しかった。ただ、瓦そばに関しては、もの珍しくはあるけれども1回食べればもういいかな、といったところ。

20120927_05.jpg

らっきょうをあてに山口の酒を飲む。私も再チャレンジだ。
20120927_06.jpg

虹。

20120919.jpg

銭湯お遍路とは関係ないが、夕方、みごとな虹がかかっていたので。

スナックみたいな店名の銭湯(4・完)。

20120914_01.jpg

しのぶ湯(足立区44) 足立区伊興4-5-9

店名の由来を尋ねたものの不明との答え。スナックみたいな店名の銭湯4軒はいずれも足立区にあった。

20120914_02.jpg

唐破風屋根の懸魚(けぎょ)に蔦が絡まり、おどろおどろしい雰囲気だが、店内はフロント式に改装され、浴室の設備も更新されている。

20120914_03.jpg

竹ノ塚駅南側の大踏切。かつては踏切警手が手動で開閉していたが、2005年に起きた死傷事故を契機に自動化された。上りの急行が通過したと思ったら下りの各駅停車が速度を落として到着し、続けて下りの急行が来るといった具合に、「開かずの踏切」であることに変わりはない。

20120914_04.jpg

北側の踏切。遮断機が上がるのを待ち続けていた人たちが急ぎ足で行き交う。両踏切には保安要員が配置されている。問題を抜本的に解消する鉄道高架化工事がまもなく始まる予定である。

20120914_05.jpg

竹ノ塚駅東口。団地からかつての輝きは消え、どことなく荒んだ街並みに東京にも郊外問題が到来する兆しを感じる。



なんの役に立つのか分からないが、全国の「スナックしのぶ」一覧を掲げておく。

1しのぶ〒017-0044 秋田県大館市御成町2-4-250186-42-0808
2しのぶ〒019-1541 秋田県仙北郡美郷町土崎字上野乙197-10187-85-3071
3しのぶ〒031-0033 青森県八戸市大字六日町120178-47-8052
4花しのぶ〒036-8193 青森県弘前市大字新鍛冶町97-10172-33-5638
5しのぶ〒043-0415 北海道二海郡八雲町熊石根崎町10601398-2-2086
6スナックしのぶ〒063-0811 北海道札幌市西区琴似1条3-3-7011-644-5236
7しのぶ〒064-0806 北海道札幌市中央区南6条西4丁目011-512-2637
8しのぶ〒086-1141 北海道標津郡中標津町大通北2丁目0153-72-1251
9スナックしのぶ〒198-0036 東京都青梅市河辺町5-17-1 0428-24-7745
10花しのぶ〒213-0002 神奈川県川崎市高津区二子4-3044-833-9698
11炉端すなっくしのぶ〒242-0005 神奈川県大和市西鶴間1-21-20046-275-1609
12しのぶ〒293-0001 千葉県富津市大堀16070439-87-6664
13スナックしのぶ〒314-0143 茨城県神栖市神栖4-6-270299-92-8924
14スナックしのぶ〒330-0802 埼玉県さいたま市大宮区宮町4-107048-644-9466
15スナックしのぶ〒373-0851 群馬県太田市飯田町11340276-46-9882
16しのぶ〒392-0026 長野県諏訪市大手2-15-90266-58-7001
17しのぶ〒408-0112 山梨県北杜市須玉町若神子82-30551-42-5480
18しのぶ〒431-0431 静岡県湖西市鷲津1031-11053-576-1616
19スナックしのぶ〒433-8121 静岡県浜松市中区萩丘2-27-15053-471-8368
20しのぶ〒486-0844 愛知県春日井市鳥居松町8-7-70568-82-5055
21しのぶ〒506-0008 岐阜県高山市初田町1-1-500577-32-5608
22しのぶ〒510-0071 三重県四日市市西浦1-8-2059-354-5884
23しのぶ〒554-0014 大阪府大阪市此花区四貫島2-8-5-30106-6460-2826
24しのぶ〒605-0085 京都府京都市東山区八坂新地末吉町98-3-201075-531-0416
25しのぶ〒638-0821 奈良県吉野郡大淀町大字下渕0747-52-1315
26しのぶ〒651-0071 兵庫県神戸市中央区筒井町3-7-4078-242-6499
27しのぶ〒652-0801 兵庫県神戸市兵庫区中道通1-2-8078-577-4388
28スナックしのぶ〒723-0014 広島県三原市城町2-14-10848-63-0578
29しのぶ〒725-0026 広島県竹原市中央2-2-280846-22-6408
30スナックしのぶ〒726-0012 広島県府中市中須町7510847-46-3614
31歌謡スタンドしのぶ〒737-0125 広島県呉市広本町1-8-260823-74-9150
32しのぶ2〒739-0016 広島県東広島市西条岡町4-2082-421-3670
33しのぶ〒754-1277 山口県山口市阿知須4778-100836-65-2007
34しのぶ〒774-0030 徳島県阿南市富岡町今福寺46-1-1F0884-23-2706
35しのぶ〒780-0834 高知県高知市堺町6-7088-875-8287
36しのぶ〒784-0004 高知県安芸市本町1-8-150887-34-4884
37スナック喫茶しのぶ〒797-0015 愛媛県西予市宇和町卯之町3-2610894-62-5998
38しのぶのへや〒806-0028 福岡県北九州市八幡西区熊手1-1-37-2F093-642-5503
39しのぶ〒821-0012 福岡県嘉麻市上山田蛭子4390948-52-1053
40スナックしのぶ〒854-0514 長崎県雲仙市小浜町北本町858-30957-74-3357
41スナックしのぶ〒861-1331 熊本県菊池市隈府9470968-25-2323
42スナック花しのぶ〒869-2612 熊本県阿蘇市一の宮町宮地2234-20967-22-1487
43しのぶ〒870-0034 大分県大分市都町4-2-3-1F097-537-3715
44しのぶ〒900-0031 沖縄県那覇市若狭3-44-14-201098-861-7168
45しのぶの部屋〒920-0981 石川県金沢市片町2-22-17076-222-6022
46スナックしのぶ〒930-0046 富山県富山市堤町通り1-4-13076-491-3488
47しのぶ〒939-1368 富山県砺波市本町3-210763-33-1806
48スナックしのぶ〒942-0004 新潟県上越市西本町4-11-42025-544-5229

看板建築。

20120911_01.jpg

取り壊されるにあたり内部を公開している神田須田町1丁目の看板建築、「柏山邸」を見に行く。「看板建築」とは、関東大震災後に流行した建築様式で、建物前面(ファサード)を平坦にしてモルタルや銅板で洋風に仕上げたものをいう(ファサードが看板のようであることから建築史家の藤森照信がこのように命名)。この柏山邸は3階建てにみえるが、当時の建築法規では2階建てまでしか認められておらず、3階部分は建前上は「屋根裏部屋」ということになっている。この屋根裏部屋を設けるため、「マンサード屋根」と呼ばれる(※)二段勾配の屋根が架されている。狭隘な土地に最大限の居住空間を生み出す棟梁の工夫と法令上の制約とのせめぎあいから生まれた在野の建築である。

もともとは左右対称であった柏山邸のマンサード屋根は、3階に押入れを増設した際に非対称になってしまった。また、終戦直後には外装の銅板がよく盗まれたとのこと。

※厳密には「ギャンブレル屋根」らしいが、慣用的に「マンサード屋根」という呼称が用いられている。

20120911_02.jpg

柏山家は「池田屋」の屋号で背広の裏地などを商っていた。かつてこの一帯には服飾関係の業者が多く集まっていた。

20120911_03.jpg

2階の居間。看板建築は正面からみると洋風建築であるが、内部(住居部分)は従来の日本家屋のままである。1階が店舗で、2階は居間と台所、3階には寝室が2間(後に子どもたちの成長により仕切りで3間に)ある。2・3階の住居部分には住込みの使用人を含めて最大で9人が寝起きをしていたが、最後は家主の女性が1人で暮らしていた。

この建物に浴室はない。生粋の下町であった須田町周辺からは1980年代に銭湯がなくなってしまった(現在のりそな銀行神田支店(神田須田町1-1-4)の所に「富士の湯」という銭湯があった。)。最寄りと思われる「稲荷湯」(内神田1-7-3)まではけっこう距離がある。2004年に公設民営の銭湯「神田アクアハウス江戸遊」(神田淡路町2-9-9)が開業したものの、日常生活にはかなり不便だったのではないか。

20120911_04.jpg

3階の窓から万世橋方向を見る。正面に中央線の高架、左手には交通博物館跡地に高層ビルが建築中。往時、3階建ては珍しく、この窓から隅田川の花火が見えたそうだ。

なお、建物の解体時に棟札のようなものが出てくれば正確な建築年や施工者などが分かるかもしれないとのことである。

スナックみたいな店名の銭湯(3)。

20120910_01.jpg

いこい湯(足立区27) 足立区江北4-27-3

堂々たる建屋だが、営業中も入口に暖簾が掛けられていない。

20120910_02bis.jpg
スタンプのデザインが通常のものとは異なる。破損したか紛失したかで作り直したのだろうか。


20120910_03bis.jpg

「いこい湯」の西側に広がる都営団地(上沼田アパート)には後付けで浴室(シャワー室?)が増設されていた。いずれ銭湯がなくなることを見越しての措置だろう。実際、同団地の近くにあった「光浴場」(江北4-7-18)、「泰晴湯」(江北3-22-20)はすでに廃業している。

富山にて。

20120907_01.jpg

ふらり富山県を訪ねた。まずは定番の観光地、黒部渓谷でトロッコ列車に乗る。起点の宇奈月温泉から終点の欅平まで20.1キロ、1時間20分を背もたれのない窮屈な座席で揺られ続けると乗りもの好きでもうんざりする。しかも、往復しなければならないのである。宇奈月温泉を出発してまもなく対向列車とすれ違う時、往路の客が手を振っても復路の客の反応が悪かったことに合点がいった。

20120907_02.jpg

宇奈月温泉自体は源泉をもたず、黒部川上流にある黒薙温泉から7キロにも及ぶ引湯管で引湯をしている。法学部出身者や資格試験等で民法を勉強したことのある人にはおなじみの「宇奈月温泉事件」では、この引湯管の存在が問題となった。トロッコから現在の引湯管(写真中央の白いパイプ。事件当時とは敷設場所が異なる。)を見ることができる。

20120907_03.jpg

富山地方鉄道で富山市に行き、「観音湯」(富山市新富町2-3-8)に入る。県庁などがある市の中心部に唐突に千鳥破風が現れたのでちょっと驚いた。玄関と脱衣所は伝統的な宮造りだが、浴室と窯場は鉄筋コンクリートのビルという変わったつくりである。

20120907_04.jpg

番台の頭上に店名の由来である馬頭観音が祀られている。土地柄、下山した登山客の利用も多く、この日も大きなザックを背負った青年が入ってきた。

20120908_01.jpg

翌日の朝は、旅行先での決まりごとである喫茶店でのモーニング。網羅的に探索したわけではないが、富山市の街中には喫茶店が少ないように思われる。勤勉・倹約な県民性が喫茶店での浪費をよしとしないからだろうか? 総務省の家計調査によると、喫茶への支出額は、都道府県庁所在市及び政令指定都市51都市のうち富山市は31位である(1位は岐阜市)。ちなみに鰤への支出額が全国1位。

20120908_02.jpg

いまや富山といえば路面電車である。「コンパクトシティ」を掲げる富山市は、中心市街地の活性化のため路面電車の復活と現代化を推進している。難しいことを抜きにしても、路面電車が行き来する景観は観光客にとっても魅力的であろう。銭湯、喫茶店、路面電車といつものコースをめぐって富山を後にする。

20120908_03.jpg

富山駅前の土産物売り場(新幹線建設に伴い富山駅が建替え中のため仮店舗で営業している「とやま駅特選館」)に薬局があるのは富山ならでは。「ケロリン」は富山市に本社をおく内外薬品の解熱鎮痛薬。銭湯のプラスチック桶でおなじみだが、肝心の薬そのものはあまり目にしたことがないし、服用したこともない。

20120908_04.jpg

特急と新幹線で富山から東京まで3時間ちょっと、思っていたより富山は近かった。越後湯沢から乗った「Maxたにがわ」の2階建て車両は近いうちに廃車になるとの由。

スナックみたいな店名の銭湯(2)。

20120830_01.jpg

「金子湯」に続いてまた綾瀬に。千代田線のホームに珍しい車両が停まっていた。北千住から千代田線・小田急線を経由して本厚木・箱根湯本まで行く特急ロマンスカーである。地下鉄を特急型車両が走るのは面白い光景だが、地下鉄線内のみで乗降することはできない。

20120830_02.jpg

菱形のモチーフが印象的な東京武道館。

20120830_03.jpg

綾瀬5丁目の個人宅に1/100スケール(6.34メートル)の東京スカイツリー。なぜ?

20120830_04.jpg

「めぐみ湯」(足立区綾瀬5-20-6)はいったん閉店したがその後再開したという稀有な銭湯である。店内は質素だが清潔で、素うどんのような良さがある。店主によると、店名は創業者である祖父の名前が「恵司」であったことに由来するらしい。

20120830_05.jpg

綾瀬駅の「0番線」から北綾瀬への盲腸線が出ている。

20120830_06.jpg

1駅間を懐かしい感じの3両編成が往復する。思いのほか乗客の数は多い。

Aクラス。

20120828_01.jpg

「NU-LANDさがみゆ」(大田区4) 大田区仲六郷2-7-5
 
「湘南食堂」 大田区蒲田5-24-6
「生しらす丼」1,000円

20120828_02.jpg

毎日朝10時から営業。大田区の銭湯によくある黒湯の浴槽がある。

20120828_03.jpg

神奈川県。関東のAクラス入りを争う埼玉、千葉、茨城、栃木、群馬を高みから見下ろしている県。その大きさ支えとなっているのが湘南のイメージである。海なし県は論外として、大洗海岸や九十九里浜とどこで差がついてしまったのだろう。加山雄三? 正味な話、鮟鱇や鯵のなめろうのほうが生しらすよりも美味いと思うのだが。

20120828_04.jpg

蒲田駅周辺にはパチンコ店が目につく。AKB48についてほとんど知らないけれども、AKB48とパチンコの組み合わせはしっくりくる。
20120828_05.jpg

海01。

20120826_00.jpg

白山湯(江東区19) 江東区枝川1-6-15
 
「勝浦ビーチスタイル」 港区台場1-7-1 アクアシティ5階「ラーメン国技館」内
「勝浦タンタンメン」790円

20120826_01.jpg

豊洲駅前。今年の夏はしぶとく、なかなか空に秋の気配がみられない。

20120826_02.jpg

豊洲駅の近くのセブンイレブン・豊洲店(豊洲4-6-1)。外観は何の変哲もないセブンイレブンだが、実は全国に約14,300店あるセブンイレブンの1号店である(1974年5月15日開業)。

20120826_03.jpg

枝川1丁目の「白山湯」は最も海寄りにある銭湯のひとつ。日曜の8-12時に朝湯を営業している。人工炭酸泉も名物である。

20120826_04.jpg

午前中の清々しい浴室。

20120826_05.jpg

都バスの海01系統(門前仲町-東京テレポート駅前)に乗り、フジテレビ前で降車。「楽しくなければテレビじゃない」と我が世の春を謳歌するフジテレビを目にしてきた身としては、その衰亡も見届けたいものだ。

20120826_06.jpg

夏休み中の、日曜日の、お台場の、アクアシティの、フードテーマパークは、中年男が1人で訪れるのに最も相応しくない場所であろう。本来の意味において「孤独のグルメ」である。

20120826_07.jpg

アクアシティの屋上からは東京タワー(赤い矢印)と東京スカイツリー(青い矢印)を一望することができる。

20120826_08.jpg

屋上には「アクアシティお台場神社」が建立されている。背後はフジテレビの社屋。

20120826_09bis.jpg

「日本におけるフランス年」(1998年)にパリの自由の女神像がお台場に移設されていたのは覚えているが、その後にレプリカが常設されたのは知らなかった。「仏作って魂入れず」という諺がふと思い浮かんだ。

20120826_10.jpg

フジテレビ前にて。たすきに「団結」と書かれているけれども、タモリにこの言葉はおよそ似つかわしくないように思われる。

20120826_11.jpg

夏休み期間中の日曜日とあってものすごい人出であった。やはりお台場は富士山の見える冬の早朝に限る。

20120826_12.jpg

あちらこちらでイベントをやっているだけでなく、こんなものまで拵えてあった。

20120826_13.jpg

東京テレポート駅前から波01系統で終点の中央防波堤まで行く予定であったが、日曜日はほぼ運休であった。軽い熱中症のような症状が出ていたのでかえって良かった。
20120826_14.jpg

スナックみたいな店名の銭湯(1)。

20120819_01.jpg

朝から暑い日曜日、「明美湯」(足立区梅田4-40-21)の朝湯へでかける。店名は前の経営者(創業者)が富岡八幡宮につけてもらったものだそうで、女性の名前に由来するものではない。

20120819_02.jpg

各種の浴槽を揃えているが、今日のような夏日には水風呂が実に気持ちよい。

20120819_03.jpg

西新井橋より荒川の下流方向をみる。空に夏の雲が浮かぶ。

20120819_04.jpg

河川敷では草野球。他人さまの趣味にあれこれ口を挟むべきではないとはいえ、炎天下にご苦労さまである。



ところで、なぜ「あけみ」という名前からスナックを連想するのだろう? タウンページで検索したところ、「あけみ」という名のスナックは60軒あった。 参考までに全国の「スナックあけみ」一覧を掲げておく。

1スナック明美〒035-0034 青森県むつ市田名部町1-190175-23-1128
2スナック明美〒056-0016 北海道日高郡新ひだか町静内本町2丁目2-300146-43-0433
3あけ美〒061-1443 北海道恵庭市栄恵町290123-33-0366
4歌謡スナックあけみ〒068-2152 北海道三笠市多賀町9-201267-2-2728
5あけみの店〒070-0033 北海道旭川市3条通5丁目0166-27-6033
6アケミ〒076-0025 北海道富良野市日の出町12-230167-23-4777
7あけみ〒079-2400 北海道空知郡南富良野町字幾寅9650167-52-2237
8あけみすなっく〒092-0052 北海道網走郡美幌町字東2条北2丁目0152-73-6073
9スナックあけみ〒144-0047 東京都大田区萩中3丁目14-2703-5705-2640
10スナックAKEMI〒151-0071 東京都渋谷区本町6丁目15-903-3374-1772
11あけみ〒238-0007 神奈川県横須賀市若松町3丁目16046-825-9352
12あけみちゃん〒239-0807 神奈川県横須賀市根岸町2丁目20-12046-833-1114
13スナツク暁海〒248-0006 神奈川県鎌倉市小町2丁目11-110467-22-9569
14亜華魅〒410-2317 静岡県伊豆の国市守木8720558-76-0457
15AKEMI〒424-0829 静岡県静岡市清水区巴町9-21054-352-5259
16あけみ〒470-0113 愛知県日進市栄1丁目11010561-74-1487
17あけみ〒485-0025 愛知県小牧市春日寺2丁目2030568-76-2895
18あけみ〒486-0845 愛知県春日井市瑞穂通4丁目50-1020568-81-5125
19アケミ〒509-5134 岐阜県土岐市泉島田町1丁目22-2-ホ0572-54-2939
20あけみ〒518-0827 三重県伊賀市平野清水631-130595-23-8609
21あけみ〒530-0002 大阪府大阪市北区曾根崎新地1丁目6-8-2F-A06-6341-1622
22朱美〒532-0002 大阪府大阪市淀川区東三国4丁目18-106-6395-4168
23あけみ〒551-0023 大阪府大阪市大正区鶴町3丁目19-3006-6551-0442
24尾崎明美〒571-0047 大阪府門真市栄町5-806-6909-8818
25あけ美〒623-0021 京都府綾部市本町7丁目220773-42-8181
26あけみ〒649-2102 和歌山県西牟婁郡上富田町岩田1529-230739-47-2909
27スナック明美〒680-0832 鳥取県鳥取市弥生町276-3-20857-20-1504
28あけみ〒683-0063 鳥取県米子市法勝寺町140859-32-0380
29あけみ〒693-0001 島根県出雲市今市町塚根1259-100853-22-6329
30スナック明美〒711-0911 岡山県倉敷市児島小川1丁目1-55086-472-0178
31あけみスナック〒720-0805 広島県福山市御門町2丁目7-43-1084-926-9225
32あけ美〒720-0808 広島県福山市昭和町9-18084-927-6388
33あけみ〒720-0809 広島県福山市住吉町8-16084-922-9203
34スタンド明美〒739-0016 広島県東広島市西条岡町4-2082-422-5077
35昭美〒740-0018 山口県岩国市麻里布町3丁目18-20827-22-4348
36メンバーズあけみ〒790-0002 愛媛県松山市二番町1丁目5-9-3FB089-934-7874
37あけみ〒790-0002 愛媛県松山市二番町1丁目5-9-3FB089-934-7874
38明美〒806-0021 福岡県北九州市八幡西区黒崎1丁目12-10-2F093-621-2519
39クインズあけみ〒810-0801 福岡県福岡市博多区中洲2丁目1-11-4F092-281-8447
40あけみ〒810-0801 福岡県福岡市博多区中洲2丁目1-11-4F092-281-8447
41エレガンス明美〒810-0801 福岡県福岡市博多区中洲4丁目3-10-102092-272-0627
42明美〒810-0801 福岡県福岡市博多区中洲4丁目3-10-102092-272-0627
43スナックあけみ〒819-1116 福岡県糸島市前原中央3丁目2-5092-324-3869
44ニューあけみ〒853-0001 長崎県五島市栄町6-280959-72-7755
45朱実〒857-0878 長崎県佐世保市山県町2-70956-23-2366
46あけみ〒859-4501 長崎県松浦市志佐町浦免1158-10956-72-2963
47スナックあけみ〒860-0051 熊本県熊本市西区二本木2丁目5-1096-359-3186
48あけみの店〒860-0806 熊本県熊本市中央区花畑町11-24-4F096-324-8468
49朱美〒861-0133 熊本県熊本市北区植木町滴水23-4-2F096-273-0023
50あけみ〒861-0512 熊本県山鹿市泉町1857-20968-43-7839
51あけみ〒868-0004 熊本県人吉市九日町103-1F0966-24-8827
52ニューアケミ〒869-5134 熊本県八代市日奈久上西町327-2F0965-38-1123
53スナック朱美〒880-0001 宮崎県宮崎市橘通西3丁目1-7-5F0985-26-5803
54すなっくあけみ〒880-0006 宮崎県宮崎市千草町1-23-2F0985-28-0026
55あけみ〒889-1201 宮崎県児湯郡都農町大字川北48820983-25-3437
56明美〒891-3604 鹿児島県熊毛郡中種子町野間69600997-27-3388
57スナックあけみ〒899-5432 鹿児島県姶良市宮島町10-90995-65-2604
58朱実〒920-0981 石川県金沢市片町2丁目23-12076-261-8778
59スナックあけみ〒937-0006 富山県魚津市経田西町11-640765-22-3063
60あけみ〒937-0006 富山県魚津市経田西町11-640765-22-3063

苗字のような店名の銭湯(8・完)。

20120817_01.jpg

「山手線ゲーム」の要領で23区の名を次々とあげていったときに最後まで出ないのは北区と思われるが、多摩地域まで含めた場合には稲城市ではないだろうか。親戚か知人でもいない限り、稲城市と聞いてどのあたりなのかすぐには見当がつかないだろう。地図で確かめてみると、神奈川県に割譲したほうがすっきりするような位置にある(もともと多摩は神奈川県の所管だったのではあるが。)。

手っとり早く稲城市の様子を知るために、市役所前から市内循環バス(右回り)に乗ってみた。約1時間半もかけて市内を大回りするコミュニティバスである(運賃170円)。車窓には丘陵を切り開いて建設された大規模団地と鎮守のような農村の名残りが交互に現れる。行路はとにかく起伏が激しい。ニュータウン住民の高齢化が進むなかで交通弱者対策が大きな課題になっていることが理解できる。

20120817_02.jpg

稲城市役所前発が14:13、矢野口駅着が15:38と、1時間25分のバス旅は面白いものではあったがくたびれた。さて、お目当ての「玉城湯」(稲城市矢野口220)は探すまでもなく、矢野口駅南口の正面にすぐに見つかったので驚いた。もともと駅周辺にあった商店や民家が再開発により立ち退いた結果、玉城湯が駅前に露出することになったのである。駅に隣接する銭湯はいくつか存在するが(南新宿駅の奥の湯、代々木八幡駅の八幡湯など)、駅前広場に堂々と面している銭湯はここくらいではないか。

20120817_03.jpg

玉城湯の玄関前から駅のホームがみえる。

20120817_04.jpg

伝統的な宮造り。こんな立地では近いうちに廃業するんじゃないかと思いきや、内部はきれいに改装されているのでしばらく続ける気はあるようだ。付言すると「玉城」は沖縄特有の苗字のひとつだが、経営者は玉城さんではない。

20120817_05.jpg

稲城市イメージキャラクターの「稲城なしのすけ」。「機動戦士ガンダム」のメカデザインで知られる大河原邦男らのデザインによる。稲城市の名産が梨であること、大河原邦男が稲城市出身であること、そして稲城市にはイメージキャラクターがいること・・・脳の容量を無駄使いする稲城市豆知識。

20120817_06.jpg

バスロータリーが整備されたものの、矢野口駅からのバスの便はすこぶる悪い。前出の市内循環バスを除くと、小田急線柿生駅行きが1日6便、調布駅行きが1日1便のみである(小田急バス柿24系統、いわゆる免許維持路線)。鶴川街道にある矢野口駅東停留所に至っては、休日早朝1便のみの神奈川中央バス・鶴川駅-調布駅(鶴22系統)と3/16~6/15および9/16~11/15の日曜・祝日に2便運行される小田急シティバス・新宿駅西口-よみうりランドしか停まらない。とくに後者は路線バス好きとして看過できない。

屋号。

20120807_01.jpg

町屋駅近くの「カネカ湯」(荒川区荒川6-4-2)に行く。「カネカ」という店名は一見すると奇妙だが、屋号(┐+カ)に由来すると聞けば納得。もともとは材木商だったそうで、なるほど、“┐”は曲尺(かねじゃく=直角に曲がった金属製の物差)を表わす。化学メーカーの株式会社カネカ(旧社名・鐘淵化学工業)とは関係がない。

20120807_02.jpg

脱衣所の壁に、浅草六区通りにある映画館(「浅草名画座」「浅草中映劇場」「浅草新劇場」)のプログラムと招待券が貼られていた。地元の人とバスマニア以外知らないことであろうが、町屋と浅草は都バス(草41)で結ばれているのである。場外馬券売り場周辺の例の雰囲気を醸し出していたこれらの映画館は今秋には再開発で閉館するとのことなので、近いうちに入ってみようと思う。

覚書:菊水湯。

20120804.jpg

鐙坂ハウス(文京区本郷4-12-10)前の路上で涼む猫。

少し暑さが和らいだ夕べに「菊水湯」(本郷4-30-16)へ。浴室正面に富士山の背景画があるのはおきまりだが、その反対、脱衣所側の壁にも立山連峰が描かれている。湯に浸かりながら画を眺められるのは好い。

苗字のような店名の銭湯(7)。

20120729_02a.jpg
20120729_02b.jpg

「金子湯」(足立区綾瀬4-17-4)へ行く。「お風呂のデパート」と自称するが、それほど多種多様な浴槽があるわけではない。ただし、ロビーで無料のコーヒー・お茶を提供するなど特徴のある銭湯ではある。なお、経営者は金子さんである(住居部分の玄関に表札がかかっていた。)。


20120729_01.jpg

東京の街にはそれぞれの良さ、面白さがあるものだが、綾瀬の良さを見つけるのは少なくとも筆者には難しかった。どれくらい難しいかというと、その街ならではの店で食事をとることを心がけているにもかかわらず、駅前のマクドナルドに入ってしまうくらいである。

手ぶらで帰るのは口惜しいので、綾瀬らしい物件をいくつか採集してみた。

20120729_03.jpg

その1。駅前にて、小菅刑務所を一周するコミュニティバス。

20120729_04.jpg

その2。西口改札向かいの「ルイ・ジャポネ」なる喫茶店。「ルイ」はフランス人男性の名(たとえばルイ16世)、「ジャポネ」はフランス語で「日本の」という形容詞あるいは「日本人」という名詞だが、一体どういう意味なのか。しかも綴りが間違っており、正しくは“Louis japonais”である。

20120729_05.jpg

その3。綾瀬らしい色あいのシーマ。

苗字のような店名の銭湯(6)。

20120721_01.jpg

北千住駅西口から東武セントラルバスの西新井駅西口行き(北04)に乗る。足立区内の移動はバスが頼りだが、北千住駅西口のバス乗り場は実に分かりにくい。

20120721_02.jpg

バスは千住桜木町で尾竹橋通りに入り、西新井橋を渡る。本木2丁目で降車し、しばらく北進すると、通りの右手に昨年3月に新装開店した岡田湯(足立区関原3-43-2)がみえる。

20120721_03.jpg

入口の券売機で入浴料を払う。「大人+ビール」800円が目を引くが、結論から言えば、これを購入すべきであった。なんとなれば、天井の高い明るい浴室で檜風呂に浸かり、80年代のアイドル歌謡がゆる~く流れる露天風呂で寛いだ後に、店主の趣味らしきホームオーディオのあるロビーにてビールで喉を潤す、これぞジョア・ド・セントーだから。

ジョア・ド・セントー。

20120719_01.jpg

明治通りより京成曳舟駅をみる。京成押上線の高架化でこの踏切も近いうちに廃止されることになる。京急空港線と第一京浜が交差する蒲田踏切に続き、幹線道路を跨ぐ大踏切が都内からまた姿を消す。

20120719_02.jpg

城北信用金庫墨田支店(墨田区八広4-3-4)前の路上に気になるオブジェがあった。全体の佇まいもさることながら…

20120719_03.jpg

彼の表情がとりわけ心に引っかかる。誰か知人に似ているからだろうか。

20120719_04.jpg

「グランド湯」という奇妙な店名には、「グランドのような広々とした空間で寛いでもらいたい」との先代店主の思いが込められている。建物本体はかなり古いが、内装や設備は更新されている。墨田区八広4-17-22。

20120719_05.jpg

風呂あがり、気まぐれにヤクルトのヨーグルト飲料「ジョア」を飲む。こんなに種類があるとは知らなかった。ジョア(joie)とはフランス語で「喜び」という意味。銭湯の喜びは「ジョア・ド・セントー」となる。

デモ、フロ。

20120716_01.jpg

銭湯に行く前にデモで一汗かいてきた。

20120716_02.jpg

普段ならおどおどと道の端を歩いているような街を堂々と闊歩できるのがデモの特典である。代々木公園を起点に、原宿駅前→表参道→青山通り→外苑西通りと歩いて、千駄ヶ谷の国立競技場前で解散。

20120716_03.jpg

さて、フロである。千駄ヶ谷駅からいちばん近い「鶴の湯」(渋谷区千駄ヶ谷4-16-4)はあいにく月曜定休。ハチ公バスで南青山の「清水湯」(港区南青山3-12-3)に向かおうにもデモの影響でバスが来ない。やや離れた「蓬莱湯」(新宿区四谷4-13)は月金定休、「塩湯」(新宿区三栄町1)も月曜定休とあって、「若葉湯」(新宿区若葉2-11)まで足を延ばした。適度に運動した後の風呂は爽快であった。

デモ盛んなりし頃、例えば1968年には都内に2,687軒の銭湯があったが、2011年には800軒を割り込んでしまっている。

20120716_04.jpg

銭湯でも節電。

雰囲気込み。

20120619_00.jpg

世界湯(中央区7) 中央区日本橋人形町2-17-2
 
「奈良まほろば館」中央区日本橋室町1-6-2 日本橋室町162ビル
「大和茶がゆセット」980円

思うに、茶がゆは奈良の雰囲気込みのものであって、他所で食べてもさほど美味しいものではない。

20120619_01.jpg

人形町も表通りは高層ビルが増えたが、一歩裏に入るとまだ生活臭のある木造民家が残っている。2011年の中央区の夜間人口は116,930人(昼間人口は約65万人)。日本橋地区に唯一残る銭湯はなかなかの盛況であった。

20120619_02.jpg

季節外れの台風が近づいている。

20120619_03.jpg

「世界湯」を出て日本橋に向かって歩いていると「タックスペイヤー」なる喫茶店があった。近頃の政治の体たらくに怒りを募らせているタックスペイヤーも多いことだろう。日本橋蛎殻町1-29-4。

20120619_05.jpg

「奈良まほろば館」にて販売中、「シカバイザー」840円也。
20120619_06.jpg

苗字のような店名の銭湯(5)。

20120614_01.jpg

堀田湯(足立区52) 足立区関原3-20-14

実は「苗字のような店名」ではなく、経営者が堀田さんという方なのであった。女将さんによると、すぐ近くにある「第二堀田湯」(足立区西新井栄町1-7-9)は兄の経営との由。

20120614_02.jpg

脱衣所のテレビからは大飯原発再稼動のニュースが流れている。ふと、飲んでいたお茶を見ると、ペットボトルに「九州産」とわざわざ明記されていた。

苗字のような店名の銭湯(4)。

20120607_01.jpg

日暮里駅北口の下御隠殿橋。左手から順に、山手線、京浜東北線、新幹線、東北・高崎線、常磐線、京成線の線路が並ぶ。鉄道好きの甥が上京してきたら連れてきてやりたいものだ。

20120607_02.jpg

日暮里駅前は舎人ライナーの開通と再開発で街並みの変貌著しいが、都内では珍しくなった不二家の店舗がいまだにある。

20120607_03.jpg

日暮里駅前から尾久橋通りに出ると、煙突のあるマンションがみえる。このマンションの1階に目当ての「斉藤湯」があるかと思いきや・・・

20120607_04.jpg

煙突は隣の低い建物から、マンションの壁をつたって上方に伸びているのであった。

20120607_05.jpg

はたして「斉藤湯」(荒川区東日暮里6-59-2)は伝統的なつくりの銭湯であった。店主の話によると、マンション建築の際に従前の煙突では高さが足りなかったため、上記のようなことになったそうだ。ちなみに銭湯の煙突の高さは75尺(約23m)に決められていた。

20120607_06.jpg

この斉藤湯は東京で最後の「三助」がいることで斯界では有名である。「三助」とは、浴客の背中を洗ったり、肩をもむなどの「流し」と呼ばれるサービスを提供する従業員のことである。この言葉の語源には諸説あるが、宮武外骨によると、番台から待機している三助に客が来たことを知らせるにあたり、男性客のときは拍子木を1回、女性客のときは2回、合わせると3回打ったからだという。昭和30年代頃まで多くの銭湯に三助さんがいたが、いまでは斉藤湯に1人を残すのみとなった。

番台で入浴料とは別に流しの料金として400円を支払い、木札を受け取る。浴室で自分の前に木札を置いておくと、それを目印として三助さんがやってくるという寸法。自分の親くらいの年齢の三助さんに背中を流してもらうのはちょっと恐縮であった。

20120607_07.jpg

三助さんの仕事風景を描いた絵が脱衣所に掲げられていた。

先日、大学生らしい女の子が、他人と一緒にお風呂に入るのが嫌なのでゼミ合宿に行きたくないと言うのを耳にした。彼女にとっては、他人に体を洗ってもらうなど論の外であろう。

よほどの用事。

20120602_01.jpg

藤の季節にだいぶ遅れてしまったが、「香藤湯」(杉並区高円寺南5-1-7)へ行く。区境に接しており、建物裏手の1本道を隔てた先は中野区になる。

20120602_02.jpg

香藤湯の前の道は、中野駅南口のマルイの裏手、中野3-27から南西に伸びる道である。住宅街にしてはやけに人の往来が多いなと感じていたが、香藤湯の先で桃園川緑道と大久保通りを横切り、青梅街道の東高円寺駅前に通じているのであった。大久保通りのあたりから「ニコニコロード」という商店街になる。正式名称は「東高円寺駅通り商店街」。

20120602_03.jpg

商店街は歩行者専用道路となっている。両側の商店の軒先が触れあうかのような道幅の狭さが魅力的だ。

20120602_04.jpg

東高円寺駅前。そもそも丸の内線の新宿・荻窪間を利用する機会が少ない上に、よほどの用事がなければ乗り降りすることはないのが東高円寺駅である。

副業。

20120511_01.jpg

クラブ湯(中野区26) 中野区本町2-47-5

山手通りと青梅街道の中野坂上交差点は再開発で街並みを大きく変えたが、一歩路地に入るとまだまだ風呂なし木賃アパートが残っている。交差点南西の「中野坂上サンブライトツインビル(地上30階)」がクラブ湯のあたりを睥睨する。


20120511_02.jpg

古めかしい体重計に「クラブ浴場」との文字が。この珍しい店名は、新宿で高級クラブ(アクセントが平板でないほうの)を経営していた人の副業であったことに由来する。

苗字のような店名の銭湯(3)。

20120505_01.jpg

菅原湯(江戸川区14) 江戸川区中央4-19-24

20120505_02.jpg

菅原湯は千葉街道と小松川境川親水公園に挟まれて立地しており、両方に出入口が設けられている。上の写真は親水公園側から菅原湯の玄関を通して千葉街道を見たもの。

この銭湯の店名も経営者の苗字ではなく、すぐ近くの菅原橋交差点、さらには菅原橋に由来する。

20120505_03.jpg

20120505_04.jpg

菅原橋交差点は、八叉路(歩行者専用の小松川境川親水公園を含めると九叉路)という複雑怪奇な交差点である。

20120505_05.jpg

もう少し範囲を広げた地図。赤い矢印で示した箇所が菅原橋交差点。

20120505_06.jpg

昭和12年の地形図。このような交差点ができた経緯は以下のとおり。

(1)上の地図で南西から北東に直進する千葉街道(旧佐倉道)は主要街道として江戸時代から存在していた。明治以降、北西から南東に伸びて千葉街道と直交する鹿骨街道が開設され、ここに菅原橋交差点の原型が現れた。二つの街道のほか、交差点から東に伸びて光蔵寺に至る小道があり、五叉路となっていた。
(2)この交差点のすぐ東側を、現在の水元公園にある小合溜井(こあいためい)を水源とする仲井堀という用水路が南北に流れており、仲井堀に架かる千葉街道の橋が「菅原橋」であった。また、菅原橋のあたりで仲井堀から小松川境川東支川が西に分流していた。
(3)昭和12年の時点では菅原橋交差点周辺に水田が広がっている。千葉街道の八蔵橋(はちくらばし、江戸川区役所近く)から菅原橋にかけては「菅原っ原」と呼ばれる寂しい界隈であった(亀井千歩子『小松菜の里――東京の野菜風土記』(1985年)26頁)。おそらく、菅原橋の名は一帯に菅の生い茂る様子からきているのであろう。
(4)昭和22年撮影の航空写真を見ると、いまだ五叉路の状態である。
(5)ところが、昭和38年の航空写真では状況に変化が生じている。菅原橋交差点から真南に伸びる通り(「同潤会通り」)が新設され、六叉路となった。また、仲井堀の交差点より北側が埋め立てられている。1963年の新中川(中川放水路)の開削によって通水が困難になったため、仲井堀は埋め立てられることとなったのである。この時に菅原橋は姿を消した。
(6)仲井堀が道路となったことで菅原橋交差点は八叉路となった。その後、小松川境川東支川も埋め立てられて1985年に完成した小松川境川親水公園の一部となった。
(7)要するに、戦後に江戸川区の各所で行われた用水路の埋立がこれほどの多叉路を生じさせたのである。

苗字のような店名の銭湯(2)。

20120429_01.jpg

山崎湯(世田谷区8) 世田谷区梅丘2-14-5


20120429_02.jpg

山崎湯の「山崎」は経営者の苗字ではなく、新住居表示以前の地名に由来する。このことは、近くに山崎小学校があることからも判る。山崎小学校に隣接して山崎中学校もあったが、統廃合により世田谷中学校となっている。

街を歩いていると小中学校の廃校が目につく。人口構造の変化は街の風景にも現れている。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。